限界集落

リンゴの葉

ラジオから聴きなれない言葉が流れてきました。
タイトルの言葉です。以前は過疎という言葉で言われてきました。過疎の村などと。私もその中に住んでいますので、何事かと思い聞いていました。このようになった原因はいろいろとあると思います。その結果、村はもう崩壊しているとのことでした。確かにそこで暮らしてきた知恵とか風習、共同作業などが出来なくなりつつあるのですが、そこに住んでいる人達は充分認識しています。確かに都会のアナリストから見れば崩壊していると映るのかもしれませんが、何かそこに崩壊しては困るような意味が込められているように感じられました。でも何か不都合な事がおこるのでしょうか? ただ自然に帰って行くだけだと思うのです。外から見れば一戸、一戸の集落も物としか映らないかも知れませんが、中で暮らす私などは時の流れの中で起こる変化として受け入れて行くのです。 このりんごの葉のように限界にしがみついていくのです。
この現象はヨーロッパにも起きているそうです。

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